競艇の会社に入ったのは去年の1月でした。入社後すぐに研修が始まって、一番最初は営業研修でした。各レース場の営業さんについて行って、実際に台に立ってお客さんに予想紙を売ります。レース場の開門は朝の8:00前後です。(レースが始まるのはもっと後です。)前日の夜に出来た予想紙を会社から持ち出して、レース場に移動し、パートの売り子さんたちに配ります。それを開門前に終わらせなくてはならないので、会社に行くのは6:00前です。関東で昼レースを行うのは全部で4場。埼玉の戸田・都内は江戸川・平和島・多摩川です。研修はこの4場すべてで行われるから、1年で一番寒いこの季節に4日連続で始発出社ということになります。ここは地獄だなーと思いました。
初日の多摩川の研修が終わると、2日目は江戸川でした。江戸川は全国で唯一河川をそのまま利用しているレース場です。川は江戸川ではなく中川です。あと、都内で一番治安が悪くて、場外舟券売り場がすごく臭いです。
私の売り場は、マッシローという外れ舟券を食べてくれるヤギロボットの向かいでした。開門まで1時間近く空きができたので、少し場内を散歩しました。がらんどうの舟券売り場は昼間より臭くありませんでした。スタンドに出ると外は快晴で、大時計前に水面を覗きこむ人だかりがありました。身なりがきちんとしている人が多いので、集まっているのは予想屋ではなく施工者だと分かりました。予想屋と施工者は見た目が全然違います。施工者というのは主催者のことですが、役所の公務員なので基本的にスーツです。予想屋は基本的に汚れたキャップを被っています。
「おい!誰か長い棒持って来い!時間がないんだ、早くしろ!!」と、チビのおっさん公務員が怒鳴り散らすと、若い公務員と警備員が急いで棒を探しに行きました。人だかりは騒ついていましたが、緊迫というよりはイラだった空気のようでした。若い公務員が2mくらいあるパイプを数本持って戻ってきました。
「早くよこせっ!」
チビ公務員がパイプを奪うと水面を突き始めました。どうやら大時計に何かが引っかかってしまったようです。大時計とはスタートの時に選手が見る2メートルくらいの大きな時計で、スタンド側の水面にあります。近づいてみると、黒い塊が動いているのが見えました。パイプで「ズン、ズン」と押す度に、黒い塊が「ピロピロ、ピロピロ」と動きます。どうやら、大量のうなぎが群がって一つの塊に見えているようでした。
「誰か反対から押せ!そっちに脚が引っかかってるぞ!」
「せーの、1・2・3!1・2・3!」
脚?私の疑問をよそに、作業は佳境に入っているようでした。予想屋さんや売り子さんたちもスタンドに集まってきました。皆口々に「また引っかかったのか。」「間に合うのかね?」と言っています。どうやら、現状を理解していないのは私だけのようでした。
「1・2・3!よし!!取れたぞ!!」
ふと水面を見ると、流れてきたものに私は目を疑いました。
ヒト!!!!!!!!
さっきから見ていた黒い塊は、死体を啄むうなぎの群れでした。パンパンに膨れ上がった身体は最早男か女かの識別もできませんが、髪の毛の長さから女なのかなと思いました。パイプに押されてうなぎが動くと、飛び出た目玉がチラっと見えました。どんぶらこどんぶらこと死体は波に揺られ、黒い塊も一緒に下流へ流れて行きました。
「大丈夫かー?もう越えたか!?」
チビ公務員が下流にいる別の公務員に向かって叫びました。
「大丈夫です!もう外です!!」と返ってきました。
集まっていた公務員も予想屋も売り子も、ヤレヤレという表情でそれぞれの持ち場へと戻って行きました。私はまだ理解できません。死体を突っつくことも、何事もなかったかのように仕事に戻っていくことも。全く分かりません。分かりたくありません。
動揺を隠せないまま仕方なく持ち場に戻ると、「研修で土左衛門に遭っちゃうなんて災難だね〜。」と営業さんが声をかけてきて、江戸川あるあるだと説明してくれました。レース場が川なので上流で身投げしたヒトがここまで流れて来てしまうこと、よく大時計に引っかかること、多いと年に3、4回あるということ、レース場の敷地内で土左衛門を見つけるとレースが中止になるけど、敷地の外に流れれば問題がないこと、だからどうにかして敷地外へ出すのに毎回必死だということ、選手にバレると「走りたくない」とか言い出すから絶対に言ってはいけないこと、などなど。
ここは地獄だなーと思いました。でもまた来たいなーと思いました。